山灯籠

はじめに
 鹿児島の庭園でよく見かける山燈籠は、化け燈籠ともいい自然石を集めて石灯籠の形にしたものです。上原敬二著‘庭園入門講座・9’では、‘石灯籠らしい形はしているが、六部分(宝珠・笠・火袋・中台・竿・基礎)は初めから考えて作られたものでなく、燈籠として六部分はそろっているがそれは自然石であってその形をなすもの、少しくノミを入れて加工はするがだいたいその形の石をさがし出してきて組み合わせたものである。一名化灯籠などという。火袋だけは別につくって用いる地方もかなりある。完全な整形であるはずはないが、時に調和の美しいものも見いだされる。’とあります。
 鹿児島では、日本各地の庭園で用いられる普通の石灯籠(春日灯籠・織部燈籠・雪見灯籠など)ではなく、山灯籠が多くの庭に用いられています。これが不思議でなりませんでした。それでまた、、鹿児島の殿様の庭‘仙巌園’を訪ねたら、山灯籠が各所に据えられていました。第二話のごとくに、殿様の庭に似せた山灯籠が据えられるようになったのでしょうか。

まず仙巌園の山灯籠をみてもらい、次に鹿児島の庭園によくある山灯籠をみてみましょう。

 獅子乗大石灯籠:29代島津忠義が明治17年(1884)御庭方小田喜三次に造らせた灯籠で、園内にある灯籠の中で最も大きな灯籠である。この石灯籠は火袋だけに加工した石を使い、笠石と台石は自然石を使った山灯籠である。獅子と火袋石は花倉御仮屋にあったものを使い、笠石は磯海岸の防波堤に使われていたものを使用しており、8畳ほどの広さである。  獅子は飛び獅子といい、桜島の方向を向いているのが特徴である。(名勝 仙巌園 島津興業観光部より)

 鶴灯籠:鶴が羽を伸ばした姿に見えるということで鶴灯籠と呼ばれている。 これは、28代島津斉彬の時代に、日本で初めてガス灯をともした灯籠のひとつである。(名勝 仙巌園 島津興業観光部より)

 御殿前の池に架かる石橋近くの山灯籠

望嶽楼南側広場にある山灯籠:真丸な形の火袋、枠の厚さも薄く意匠性の高い山灯籠です。また、なぜこんな場所にあるのかなと疑問に思いました。下写真に続く

望嶽楼南側広場にある山灯籠は、広場ももちろんですがこの石階段を照らす目的のようです。

台石と笠石は、溶結凝灰岩(たぶん仙巌園付近の石)を使い、火袋が楕円で四角にくり抜いています。四角ぬくり抜いているのは珍しいです。

 鹿児島の庭園でよく据えてある山灯籠(やまどうろう)ですが、これも前写真のように仙巌園に多くある燈籠です。鹿児島庭園こぼれ話をはじめるときは気づかなっかたのですが、鹿児島で昭和50年代頃まで流行した庭造りは、仙巌園に似せた(写しといかないまでも)庭を造ろうとしたのでは?という疑問を持ちます。しかし、よくよく考えると昭和30年頃から40年代にかけては、庭職人の先輩方も、そうそう京都やその他の庭園を見て回る余裕もないような気もします。また、鹿児島の殿様の御庭に似せた庭を、我が家に造るのだけでも大きな出来事です。
 そう考えると昭和30年頃から50年代にかけての庭造りは、仙巌園に似せることがいい庭の条件のような気がします。


次に鹿児島の庭園にある山灯籠をみてみましょう。(前田造園提供:下3枚)昭和40〜50年


桜島を借景に庭の中心に据えられています。

○○山を借景に、これも中心に据えられています。上写真との共通点を探すと、仙巌園の鶴灯籠のように、後ろ風景が雄大な山を借景に庭の中心に据えられて、庭を見下ろすような位置にもあります。

市街地の庭園なのでしょう板塀で庭を囲んでいます。これも庭を見下ろすように、中心に据えられています。

 次は山灯籠だけですが、古写真を見てみましょう。(前田造園提供:下4枚)昭和40〜50年頃のものです。
 いつも山灯籠をみて思うのですが、ひょうきんな感じで‘南国の田舎’という親しみを感じさせます。

イヌマキが掛かり木となる山灯籠

何とも月の石を乗せたような、化け灯籠

物思いに耽ってるような山灯籠

たしか、草牟田にあった美千代美容室の山灯籠(ご存じの方は、年配の人でしょうね。)

平成17年の鹿児島にある山灯籠

主木のイヌマキの仕立木の下に据えられるのが、鹿児島では多いようです。

主木のイヌマキ下

台座のある山灯籠(八女石・福岡県)

台座のある山灯籠(八女石・福岡県)

台座のある山灯籠

台座のある山灯籠、ただ大きいだけのような灯籠ですが、火袋に注目すると側面に月形の孔があります。これはよく石灯籠で見かけるものです。(下写真も参照)

反対側の側面には、日形の孔があります。俗説では、月形の孔のある方を西に・日形の孔を東にとか、その逆とかもあるようですがどちらでしょうか。

これも、台座のある山灯籠です。旧小松帯刀屋敷跡にあるものです。昔の記述によると坂本龍馬やおりょうさんも立ち寄ったきろくもあります。じっくり見るとなぜか、坂本龍馬の袖に手を入れて、海の向こうを見ているような写真を思い出しました。鹿児島市原良町にあります。  台石が分かれて三本の石になっているのは、石を運搬する手段が、発達していなっかったためです。大きな石にくさびを入れて割り小さくして、現場で元通りにするといった方法も一般的です。

真丸の火袋、仙巌園で見た山灯籠に似ています。しかしこの灯籠は笠石が何処でも見ないような形(鶴灯籠の笠に似てる)が、面白いです。でも残念、周囲に古タイヤとは情けない。

この火袋にも側面に月形の孔があります。

この火袋にも側面に日形の孔があります。

真丸火袋の台座付きの八女石灯籠(福岡県)です。

意外な場所にある山灯籠

入口脇で‘お帰りなさい’と言いたげな山灯籠です。


県道添の事務所駐車場入口にありました。昔見た道祖神の感じです。
2006年に初めて気づいた石灯籠

石の上に載せる山灯籠?外の何かに載せるのか、それとも火袋下の台座になるのかな。一番の可能性は、ただ‘面白い’かな?

蘭渓形の山灯籠、何でこんなばかばかしいことを考えるの?という驚きがあります。販売者に伺うと台石は、出水地方にあったものを譲ってもらい、火袋と笠石はご自分で揃えたそうです。笠石が小さいのではと聞くと、笠石を大きくすると台石の埋め込みが少ないので倒壊のおそれあり、とのことです。ちなみに購入予定者は、いるそうです。

蘭渓形の山灯籠の宝珠に当たる部分、なんと蟇蛙です。仙巌園の獅子乗山灯籠と比べるのもばかばかしいですが、蟇蛙乗蘭渓形山灯籠ということでしょうか。販売者(昔からの知り合い)の人柄がしのばれます。

 鹿児島では、普通の日本各地の庭園で用いられる普通の石灯籠(春日灯籠・織部燈籠・雪見灯籠など)ではなく、山灯籠が多くの庭に用いられています。これが不思議でなりませんでした。これをよく考えると石灯籠(春日灯籠・織部燈籠・雪見灯籠など)は石職人が手がけて何日もかっか手仕上げるものです。
 しかし、昭和30年頃から50年代にかけての鹿児島の庭造りは、あまりにも急激な需要だったので、たくさんは製作できなっかたようです。それに人件費も上がり高価になっていきました。その頃、普通の石灯籠は少なくコンクリート製や石膏製など庭に据えられていたような気がします。そこで登場するのが、殿様の庭‘仙巌園’で、多く用いられていました山灯籠だったのでしょうか。火袋さえ石屋さんに造ってもらえば、台石と笠石は自分たちで準備できますし、その組み合わせで前写真のごとくに、いろいろな表現ができます。

 もし時間があれば、以上3話の内容を考えながら、仙巌園を訪れて、新しい発見を楽しんでください。また、鹿児島女子高等学校(TEL 099-223-8341)の玉里邸茶室付庭園も若尊石・滝石組はベロを出せ・山灯籠が共通のキーワードとして楽しめます。鹿児島市の文化財産です、楽しんでください。